注目のお祭り
11月15日から17日に行われる大分県たけた竹灯籠「竹楽」は、里山保全百年計画でスタートした催し。日が暮れる頃、風情豊かな城下町に2万本の竹灯籠を灯し幻想的な世界を演出。軽音楽ライブが楽しめ、屋台村が出店し郷土料理も味わえる。
灯籠・提灯まつり
11月19日と20日に開催の群馬県桐生市桐生西宮神社のえびす講は、商売繁盛を願う多くの参詣者により歩くのも困難な程の賑わいをみせる。今年から「福男選び」が行われる。20日午前6時にスタートし神社の石段を駆け上がる。距離は約230メートル。
七福神の祭り
11月23日に行われる長野県長野市長野えびす講煙火大会は全国的にも珍しい晩秋の夜空を彩る豪華絢爛で芸術性が高い花火大会です。長野の煙火の歴史は古く伝統ある大会で全国屈指の煙火師が技を競い合います。有料観覧席有り。
伝統の花火
10月26日から1月13日まで開催の千葉県大山千枚田棚田のあかりは1万本のLEDライトで棚田をライトアップ。房総鴨川の秋から冬の風物詩。15分毎に橙・青・緑・紫と変化し幻想的な雰囲気を楽しめる。
ライトアップ
小雪が舞う彌彦神社で、毎年1月7日に拝殿の脇で行われる新春恒例の弓始神事は、神社の職員など10人が厄除けや五穀豊穣を願い、45メートル先に置かれた直径1メートルの的に向かって、合わせて100本の矢を打ち込みます。神社によると、室町時代の1470年に行われた記録も残っているということです。
青海の竹のからかいは東西に分かれた若者が佐儀長(さぎのちょう)の歌を歌いながら竹の周りを回った後、長い竹を倒して引き合い、その勝敗によって豊作、豊漁を占います。顔に隈取り(くまどり)をした若者が竹をからませて引き合うのは、まさに壮絶な竹合戦であり、全国的にも大変珍しい小正月の行事です。
節分の日 法華宗総本山本成寺の本成寺鬼踊りは、室町時代本成寺の僧兵と農民が力を合わせて盗賊を追い払ったという故事にならい、節分の豆まき行事として続けられています。 本成寺本堂の厳粛な空気の中に響きわたる鬼たちの叫び声と、さすが、金物の町三条ならではの、鋸・斧などの刃物を持ち大暴れするその姿は迫力満点。 最後は鬼に豆を投げつけて退散させ、平和と安全を祈ります。鬼に抱かれた赤ちゃんは健康に育つという言い伝えがあり、毎年子ども連れで賑わいます。
2月 新発田市の上赤谷鎮守山神社の赤谷どんつきまつりは約700年前から行われている祭りです。厄年を迎えた男衆が、下帯・鉢巻・白足袋で神社に集まり、お祓いを受けた後、拝殿から鳥居までの間を「ヨイヨイ」「ワッショイ」の掛け声で激しくもみ合い、肌を刺す寒気をものともせず、お互いに厄払いをして五穀豊穣と平和を祈願します。男衆が胴上げされる姿が名物です。
2月から3月初めまでは雪の多い新潟では、「現代雪まつりの発祥」と言われる十日町雪まつり、夜空に舞う灯篭「スカイランタン」のつなん雪まつりなど、雪祭りとイルミネーションが人気を呼んでいます。
小千谷市のおぢや風船一揆は真っ白な雪原にカラフルな熱気球がいくつも浮かぶ冬の風物詩。熱気球試乗体験もあり、夜には会場となる雪原にろうそくの火を灯した雪灯篭が置かれ、幻想的な世界が楽しめます。
3月 2メートルを超える雪の中で行なわれる浦佐毘沙門堂裸押合大祭は約1200年前、坂上田村麻呂がこの地に御堂を建立し、守護仏の毘沙門天を祀り祝宴の中で歌い踊って士気を鼓舞したのがはじまりといわれています。上半身裸の男衆が「さんよ、さんよ」の掛け声とともに押し合い、一段高い所に祀ってある毘沙門天を、誰よりも早く近くで参拝しようと押し合う、その様は勇壮かつ迫力満点です。また、特別な製法で作られる30キロ超の巨大ローソクが用いられることから、「大ローソク祭り」とも呼ばれています。
4月 糸魚川の天津神社の糸魚川けんか祭りは2つの神輿がぶつかり合う祭りです。2つの神輿は寺町区と押上区が対抗する形で10回程ぶつかり合いを繰り返し、100人以上の若い衆の力と力の競り合いに大きな歓声が上がります。神輿の競り合いが済んだ後、境内の石舞台で天津神社舞楽が行われます。十二番の曲目があるが、能や風流出現以前の舞楽を伝えており、稚児舞としても多くの曲が舞われます。
大河津分水路の偉業を称え植樹された桜。その桜があまりにも見事なため訪れる観桜客のために地元の有志がはじめた仮装行列がはじまりといわれる分水おいらん道中は、絢爛豪華な衣装に身を包んだ信濃太夫、桜太夫、分水太夫の3人の花魁(おいらん)たちが、総勢70人ものお供を連れ、大河津分水の桜並木の下を悠然と外八文字を踏んで進みます。
4月中旬から5月上旬にかけて行われる加茂川を泳ぐ鯉のぼりは、加茂川の青空の下を約500匹の鯉のぼりが春風とともにいきいきと泳ぐ、加茂市の春の風物詩ともいわれるイベントです。河川敷は、毎年鯉のぼりを観にくる多くの人たちで賑わいます。飾られる鯉のぼりには、子どもが成長して使わなくなり、寄付してもらったものも含まれています。
旧山古志村を中心にした地域には、5月から始まる牛の角突きと呼ばれる行事が伝承されている。足腰が強く、寒さや粗食に耐える牛は、昔から運搬や農耕に貴重な働き手で、飼い主との密接な関係の中で山古志の人々の娯楽として根づいていったと言われています。また、牛の勝敗によって豊作凶作を占う信仰行事でした。
祭礼の行列の中では加茂まつりが女だけの行列ということで珍しい。神輿の渡御に、一歳までの赤子には豪華絢爛たる産衣がかけられ、その赤子を背負った女性が参加するところから「乳母祭り」と呼ばれるようになった。安産・子育ての神である玉依姫命(たまよりひめのみこと)にわが子の健やかな成長を祈願する祭りです。
6月 菖蒲の節句を祝っておこなわれる白根大凧合戦は、畳24畳分の大凧が信濃川」の支流中ノ口川を挟んでぶつかり合い、入り乱れて凧合戦を行うもので、どちらかの大凧が切れるまで引き合い、勝負を決めます。約三百年前から行われているもので凧合戦の起こりとされています。
7月 村上大祭は3基の神輿に御神霊を奉遷して、荒馬14騎、稚児行列を先導に町内を巡行するが、19台の「おしゃぎり」(屋台山車)の運行は圧巻です。彫刻を施し、村上伝統の漆塗りの粋をこらした「おしゃぎり」の中には、二百年以上前のものもあり、まさに絢爛たる美しさです。
修験道の色彩が色濃く残る妙高山関山神社火祭りは、仮山伏と称する6人の若者が主役を演じ、太刀・槍・長刀を用いた「棒使い」を披露し、「柱松の式」では、七五三に組み立てられている「マツ」と呼ぶ丸太に火をつける。「マツ」が燃え上がると大勢の若者が「松引き唄」を歌って「マツ」を境外に引き出す。火勢の強弱によってその年の豊凶が占われます。
二十基の大灯籠に灯を入れ、さらに数多くの奉納田楽灯籠にも灯をつけて、華麗な情景を展開するのが弥彦燈籠まつりです。疫病退散、五穀豊穣を祈念してはじめられたと伝えられているが、拝殿前の回廊に大灯籠が並べられての「花揃い」、神輿の渡御についての大灯籠の巡行は壮観で、深夜に大灯籠に囲まれた仮設舞台で演じられる「神歌楽」と「天犬舞」は弥彦神社の秘舞、秘曲としてきわめて貴重です。
日本最大の金山を有し、豊富な採掘資源で栄えた佐渡。その佐渡金山の鉱山労働者の慰労と、鉱山の繁栄を祈願する祭りが鉱山祭です。山の神として知られる大山祇神社での神事式にはじまり、町全体をあげての民謡・おけさ流しや山車流し、そして花火大会が2日間にわたって催されます。また近年は、天領通りから佐渡金山の駐車場までの傾斜のきつい坂道を登る全長2キロの坂道マラソンや史跡ウォーキングも同時に開催され、相川は祭り一色に染まります。
8月 県内で唯一、米軍の空襲を受けた長岡市が復興の悲願を込めて始めたのが長岡まつりで、特に花火の製作が盛んな長岡市の花火大会が人気を呼んでいます。戦後にうまれた新しい祭りですが、花火を中心とする火祭りです。
新潟市の新潟まつりは、もともとは住吉神社の祭礼であったものに、様々の行事を組み合わせ、昭和三十年から行われてきています。「新潟甚句」「新潟おけさ」を踊って歩く民謡流し、目抜き通りを行進するパレード、大漁旗をはためかせる供奉船をしたがえた神輿の水上渡御、それに花火大会など市街の総力を結集して行われる祭りです。
約120年前に始まった、両津七夕まつり・川開きは両津港の開港を記念した祭りです。七夕祭りでは子供達が主役となり鼓笛隊や子供山車などのパレードが見られます。川開きの日には佐渡人形芝居大会や鬼太鼓競演があり、祭りの最後には、水上花火やスターマインなど趣向を凝らした花火が約500発打ち上がります。当日は約60件の露店が軒を連ね、新潟ご当地グルメ・ぽっぽ焼きをはじめとした縁日グルメも楽しめます。
一名念仏踊りとも呼ばれる大の阪(だいのさか)盆踊りは、江戸時代初期、上方と交流した問屋関係の人々によって京阪地方から伝えられた踊りです。どの歌詞にも祖先供養の意味を込めて「南無西方」の文字が入り、哀愁を帯びた静かな踊りが特徴で、国の無形民族文化財に指定されています。
戦国の名将・上杉謙信公の武勇と遺徳を称え開催される謙信公祭は、鎧兜に身を包んだ武者たちが練り歩く「出陣行列」と戦国時代最大の合戦といわれた「川中島合戦の再現」など、戦国絵巻さながらの迫力と臨場感で見る人を魅了します。かつては地元の住民が参加する「地域の祭」であったが、2007年のNHK大河ドラマ「風林火山」放送に伴い、ドラマの上杉謙信公役だったGACKTが祭の謙信公役として参加して以来、戦国ファンを中心に全国から注目される祭と様変わりしました。
8月終わりの城下町新発田まつりは新発田市の総鎮守諏訪神社の祭りで、この祭りには台輪と呼ばれる飾り人形屋台が出て、その曳き廻しが人気を集める。特に「帰り台輪」では、先を競ってもみ合い、あおり合いがあり、「けんか台輪」の異名が出るほどに祭りが盛り上がります。
糸魚川市根知地区の日吉神社で行われている祭礼で、「根知山寺の延年」やおててこ舞と呼ばれています。毎年8月31日の夜の宵祭と、翌朝からの本祭とがあります。この祭りで奉納される舞は神仏習合を色濃く残す県内唯一の延年芸能です。風流(初期の歌舞伎踊)と稚児舞楽を中心に神楽・万才・獅子舞の類が加えられた10曲で構成され、舞の由来や起源は明らかではありませんが、歌詞の中に室町小歌に見られるような言葉や使い方があり、京都の流れを汲み400年から500年前から伝わるものと考えられています。
9月 別名「花火祭り」と呼ばれる片貝まつりは浅原神社の秋の例大祭で、花火はこの浅原神社への奉納を意味します。三尺玉発祥の地として知られる片貝の花火は、江戸時代後期からの歴史があり、昭和60年には四尺玉の打ち上げにも成功し、ギネスブックに掲載されるなど、名実ともに世界一の打ち上げ花火として知られています。また、片貝町中では朝から浅原神社へ花火の玉を奉納する「玉送り」や、花火打ち上げの成功と無事を祈る「筒引き」などの古式ゆかしい伝統行事も行われます。
綾子舞は、柏崎市女谷(おなだに)に約500年前から伝わる古典芸能で、女谷の黒姫神社の祭礼の時に演じられる。女性が踊る「小歌踊」と男性が演じる「囃子舞」と「狂言」の三種類の芸能から成なり立っており、綾子舞はその総称です。初期の歌舞伎踊りの姿や形をよく残している貴重な民俗芸能です。今では高原田(たかんだ)と下野(しもの)の2つの集落にある座元が、先祖伝来の芸能を誇りにし、情熱を燃やして受け継いでいます。
10月の村上市岩船の岩船大祭には九台のシャギリ屋台が町中を巡行して賑わいます。この石船神社の祭りは、祭神饒速日命(ニギハヤヒノミコト)が盤樟舟で一族を引き連れ、この地に上陸をしたという故事をしのぶ祭りで、神輿の御霊遷しとともに三メートルほどの宝船明神丸に五本の幣を神の御霊代として立てるのは珍しい神事です。
佐渡相川祭りは、善知鳥七郷と呼ばれる旧相川町の7つの集落の総鎮守、善知鳥(うとう)神社の例祭で江戸時代から続く島内で最大の祭りです。大神輿を振る渡御が壮観なのと太鼓組の鬼太鼓と獅子組の大獅子などが町内を回って競演し祭りの雰囲気を盛り上げます。
南魚沼市にある「八海山」は天と地の接する聖なる所といわれ、役行者や弘法大師が修行したとも伝えられる古くから修験者の山として信仰されてきた霊峰です。その八海山の麓にある八海山尊神社では、毎年10月20日に火渡大祭が行われます。信者の読む般若心経が山々にこだまし、斎場に積み上げられた杉の木が燃え、火柱が上がる中、祭礼は執り行われる。そして、積み上げられた杉の木が燃え尽き、真赤な炭になったところを、信者らは家内安全・無病息災を願いながら素足で渡っていく。火を渡ると、一切の不浄・罪障を減却できるという。信者の渡った後は、一般の観客も火渡りに参加可能です。
11月5日行われる金峯神社の王神祭は、いくつかの神事からなり、雛(ひな)形行事、年魚(ねんぎょ)行事、神官の舞、示鏡行事などです。中でも、年魚行事は、信濃川で採れた鮭を、神官が直接手を触れずに鉄箸(てつばし)と包丁で三枚におろし、鳥居の形に整えて、神前に供えるもので、儀式の厳かさが今なお伝えられている神事です。
新潟県の石は 翡翠(ひすい)
新潟県の花は チューリップ
新潟県の鳥は 朱鷺(とき)
新潟県の木は 雪椿
新潟県の草花は 雪割草(ゆきわりそう)
新潟県の鑑賞魚は 錦鯉(にしきごい)
(新潟県の公式ホームページ)