
山あげ祭

とちぎ秋まつり

鹿沼秋まつり
県の北部は山岳地帯で日光、那須などの観光地があり、南部は関東平野の一部を成し、かっては農作地帯だったが首都圏の拡大に伴い住宅地帯に変貌している。その地理的条件から東北の文化と関東の文化が混在しているのが特色です。
1月 日光二荒山神社には中禅寺湖畔で、武射祭と呼ばれる祭礼が伝承されています。その昔、男体山の二荒の神が大蛇に変身し、上野国の赤城山の神は大百足となって相争った。この時、二荒の神に助勢した弓の名手の小野猿丸が大百足の目を射抜いて赤城の神を退散させた。この伝説にならっているのが武射祭ですが、本来は新春にあたり邪霊を払うために行われていた弓祈祷ではないかとされています。
4月 輪王寺では強飯式が行われます。強飯式は飯頂戴人に僧が飯を「食え」と強要する儀式です。強飯僧が高盛飯を頭上に捧げ、平身低頭する飯頂戴人に強飯するのは威嚇的ではあるが、最後に強飯僧が手にした大ギセルやネジ棒、金剛杖などを投げ出すところなどはなかなかユーモラスです。
春祭りに山車や屋台の出る祭りの中では、日光二荒山神社の祭礼である日光弥生祭りは、各町内から出される花屋台が華麗で、三味線が入った日光囃子に乗って、杉並木の坂を繰り上がってくるのが壮観です。この祭りは1200年の歴史を誇りる由緒ある祭りなので、格式どおりに行事を進める中、ひとつ間違うと町内単位の トラブル(ごた)になることから「ごた祭り」とも呼ばれています。
5月の日光東照宮例大祭は日光東照宮で最も盛大な行事です。流鏑馬神事(やぶさめ)などもあるが、やはりハイライトは、家康公が久能山から日光に改葬された際の行列を再現した、鎧武者の行列、鉄砲持ち、弓持ち、槍持ち、鷹匠なども出る百物揃千人武者行列で、きらびやかな武者絵巻が祭りを彩ります。
7月 夏祭りの山車では須烏山市の山あげ祭が、全国でも例をみない特殊な組み立てと演出を行うことで知られています。町辻で山車の舞台の組み立て、そのうしろに前山、中山、大山の巨大な舞台の背景が立てられる。道路の上に約百メートルにわたって舞台と大道具の山が作りあげられてしまう。大山の高さは二十メートルにもなる。舞台の上では常磐津節の「将門」や「戻り橋」などの妖怪変化に変身する舞踊劇が上演され、これが済むと再びすべてをたたんで、次の上演場所に運び同じように組み立てる。こうして一日で六か所ほどを演じてまわります。
喜連川天王祭に出る神輿はあばれ神輿として有名です。屋台が曳き出され、大名行列を模した百物行列も出るが、この祭りの圧巻はあばれ神輿です。「おあがりの日」に神輿を喜連神社へあげようとするのに対し、裸の若者が邪魔をする。はげしいもみあいが続けられる勇壮な祭りです。
一般に関東の三匹獅子といわれるように、関東から東北にかけて分布する獅子舞は、一人立ちの獅子が三頭で構成されます。上河内町関白の上河内の関白獅子舞は関白神社に奉納される「天下一関白獅子舞」と称し、関白流を名乗る獅子舞の元祖といわれています。
8月 県内でもっとも有名な盆踊りは日光市の日光和楽踊りです。大正二年、大正天皇・皇后両陛下が日光精錬所へ行幸されたのを記念してはじめられたが、もともとはこの地方で踊られていた盆踊りを集大成したものであり、手踊り、笠踊り、石投げ踊りの三種があります。発祥当初は従業員の慰労のためのものでしたが、現在では多くの市民が参加し、にぎやかなイベントとなっています。
10月 鹿沼秋まつりはユネスコ無形文化遺産に登録された祭りで、絢爛豪華な彫刻屋台が、鹿沼の街を勇壮に練り歩き、そのお囃子は町中響きます。複数の彫刻屋台が交差点で披露する「ぶっつけ」と呼ばれる激しいお囃子の競演が圧巻です。
11月 とちぎ秋まつりは小江戸の粋を感じさせる栃木市最大の祭りで2年に1回開催されます。見事な彫刻と金糸・銀糸の刺繍をほどこした絢爛豪華な人形山車が「蔵の街とちぎ」を練り歩きます。これらの絢爛豪華な山車とともに囃子が競演する「ぶっつけ」では、山車を寄せあって競い合い、その盛り上がりは、まさにこの祭りの醍醐味といえます。



栃木県の花はやしおつつじ
栃木県の鳥はオオルリ
栃木県の木はトチノキ